猫伝染性腹膜炎(FIP)とは?
FIPは猫の腸管に感染する低病原性の猫コロナウイルス(FCoV)が突然変異し、腸管以外の場所に拡がり過剰な免疫反応が生じることで引き起こされる疾患です。突然変異の原因はストレスや飼育環境、他のウイルス感染などの影響が考えられていますが、明らかではありません。FIPはいずれの年齢でも発症することがありますが、ほとんどは2歳未満の若齢で発症します。
純血種(スコティッシュ・フォールド、ベンガル、サイベリアン、ラグドール、アメリカン・ショートヘア、ブリテッシュ・ショートヘアーなど)の方がFCoVの影響を受けやすいと考えられています。
FIPの臨床症状
腹水や胸水が貯留する『ウェットタイプ』、リンパ節、肝臓、眼などに肉芽腫性炎症を生じる『ドライタイプ』に大別されますがこれらが混合していることも少なくありません。
臨床症状、血液検査、PCR検査、生検などを組み合わせて総合的に診断します。
レムデシビル・GS-441524錠を用いたFIPの治療
かつてはFIPに対する治療は対症療法やインターフェロン療法が主体でしたが、残念ながらほとんどの場合で予後は極めて不良であり致死的でした。
2019年、FIPの研究者として世界的権威であるPedersen先生の長年の研究により『GS−441524』という薬剤がFIPの治療に極めて有効であることが報告され、FIPの治療に一筋の光明が差しました。
(Niels C Pedersen, J Feline Med Surg, 2019)
GS−441524のライセンスはギリアド・サイエンシズ社が有していますが、FIPの治療薬としてのGS−441524の需要は非常に多くその点に目をつけた中国などの複数の会社から、ムティアン(Mutian、現在の名称はラプコン Xraphconn)やCFN、SPARK&AURA、Felisvil、CureFIPなどの様々な名称のGS-441524のコピー製品(海賊版)がブラックマーケットに多数流通しています(そのほとんどは医薬品ではなく、サプリメントや人間の化粧品などという名目で販売されています)。
FIPの猫のご家族の『助かる手段があるなら何としてでも助けたい』というお気持ちは当然であり、それは全ての獣医師にとっても共通の思いです。しかし、コピー製品の使用はその思いを利用して巨額の利益を上げる製造会社に利益供与することとなり、1錠に何mgのGS-441524が含まれているかすら不明であり品質の保証はありません。(近年報告された論文では、ブラックマーケットのGS-441524では実際の含有量は記載されている量よりも非常に少なかったり、全く含まれていないケースも報告されております。)
このような背景から、多くの獣医師は倫理的な問題のあるコピー製品を使用せず葛藤を抱えていました。
一方、2019年以降の新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大により、COVID-19に対する治療薬が早急に必要となったことをきっかけにギリアド社からGS-441524に化学修飾を加えた抗ウイルス薬『レムデシビル』が承認薬として流通するようになりました。
レムデシビルは注射薬として投与され、猫の体内で代謝されるとGS−441524に変化することから、FIPの治療薬として非常に有効であることが報告されております。
また、英国やオーストラリアでは動物用調剤会社 BOVA社にて猫用に調剤されたレムデシビルや経口GS-441524錠(猫用に調剤されたツナ味の錠剤)が規制当局の許可を受け動物用医薬品として販売され、レムデシビルでの導入治療後にGS-441524錠を用いて地固めする計84日間のプロトコールが提唱され、国際猫医学会 ISFMにおいてもこのプロトコールが紹介されています。
レムデシビルと経口GS-441524を用いた治療は英国および豪州よりそれぞれ論文報告されました。
(Jodie Green, J Vet Intern Med, 2023)
症例数:32頭、生存率:81%(※治療開始後3日以内の死亡を含まない場合、生存率:92%)
Outcomes of treatment of cats with feline infectious peritonitis using parenterally administered remdesivir, with or without transition to orally administered
GS-441524
(Sally J. Coggins, J Vet Intern Med,
2023)
症例数:28頭、生存率:86%(※治療開始後2日以内の死亡を含まない場合、生存率:96%、再発率:12%)
(Samantha S Taylor, J Feline Med Surg, 2023)
症例数:307頭(当院での治療症例2頭を含む)、生存率:84%、再発率:10.8%
当院では、2022年よりレムデシビルおよびBOVA社のGS-441524錠を用いたFIPの治療を多数実施し、2023年5月までの治療成績を神戸アニマルクリニックの神吉先生との共同研究として、第25回日本獣医臨床フォーラムにおいて発表しております。
また、FIPの治療実施後の症例データを回顧し、LDHという血液検査の数値の重要性を世界で初めて立証し米国誌 Journal of Veterinary Internal Medicineに論文として掲載されました。
猫伝染性腹膜炎におけるレムデシビルおよび経口GS-441524の有効性と安全性に関する回顧的研究
(第25回日本臨床獣医学フォーラム年次大会, 2023年)
症例数:66頭、生存率:94%、再発率 :3%
※2023年11月時点 症例数:108頭、生存率:88%、再発率 :2%
(Sho Goto,J Vet Intern Med, 2024)
FIPの治療開始時には食欲がない、あるいは下痢や嘔吐などにより内服薬での吸収不良が懸念されるケースも多いですが、血中濃度の上昇が確実である静脈注射が可能なレムデシビルは治療初期で最も有用な薬であり、多くのケースで投与開始後数日以内に状態の著しい改善が見られます。
レムデシビルやBOVA社のGS-441524錠の流通をもって、獣医師はようやくMUTIANなどのGS-441524のコピー製品ではない真っ当な医薬品を用いたFIPの治療が可能となりました。
レムデシビルやGS-441524錠と比較して極めて安価な抗ウイルス薬の医薬品であるモルヌピラビルの取扱いもございます。
モルヌピラビルはレムデシビル・GS-441524と比較して安価ではありますが、試験管レベルで報告されている抗FIPウイルス作用はGS-441524に劣っており、細胞毒性やウイルスの遺伝子変異を誘発するといった特有のリスクもあることから、適応可能かどうかについては慎重に判断しております。
GS-441524を用いて治療した2024年の新たな研究では、ウェットタイプでは治療期間を42日間に短縮した群と通常の84日間治療群の治療成績が同等であり再発率も差がなく、治療期間の短縮により治療コストの低減が可能となることが報告されております。
(Zuzzi-Krebitz A-M, Viruses 2024)
現時点ではGS-441524はモルヌピラビルと比較して効果、安全性についての情報量が多く、また治療期間次第ではモルヌピラビルの国内先発品との薬価の差は以前と比較して小さなものとなっております。
FIPで亡くなってしまうケースの多くは治療開始時に既に進行期となってしまっており、進行が早いケースでは発症から1週間程度で亡くなってしまうこともあるため救命には適切な早期治療が不可欠です。
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